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Alvar Aalto | アルヴァ・アアルト
Stool60 | スツール60

Alvar Aalto | アルヴァ・アアルト
Stool60 | スツール60

Brand : Artek | アルテック
Production Period : 1933-

アルテックのStool60の歴史は実に長く、アルヴァ・アアルトが1933年にデザインしたStool60は、現在も当時と変わらずコルホネン工場で生産が続いている。Stool60の歴史というのは工場の歴史と紐づいていて、大雑把には1965年以前か以降かで大きな違いがある。この頃に工場は大改装され、ほぼそのまま現在に至っているからだ。ArtekのStool60の製造現場を見学した事があるが、今なお人の手による所が多い。それは1965年に確立した生産手法を今も継続しているからだ。1965年頃から変わらぬスタイルで生産され続ける非常に素朴で非常に丈夫なStool60は、最近の物から何十年も前の物までが混在し、現在もなお世界中で愛用され続けている。それはきっと物に大幅な変更を加えるような、製造過程の効率化や製品自体の仕様変更を行わなかった結果なのだろう。物が変わらないから年々ユーザーは世界中で増え、過去の物も今の物も一緒に使い続ける事ができている。変わらないからいいのだ。とはいえ、Stool60も1965年以前にはアルヴァ・アアルトの作り上げた外形こそは現在と大きくは変わらないものの、いくつかの大きな変化がみられる。それがまた面白くもある。

第一期(1930年代 / 特徴:天板側面凸、マイナスネジ、4枚レイヤー)

フィンランドの建築家Alvar Aalto(アルヴァ・アアルト)により1933年にデザインされたStool60。まずは英国でアアルトの家具を販売するために設立されたfinmar により1934年より販売されます。つまり最初期のStool60 はfinmarとなりますが、その後1935年にartekが設立され、それと同時期に英国でもfinmar名ではなく、artek名での販売へと徐々に1、2年かけて切り替えられていったそうです。finmarでの販売は第二次世界大戦(1939年~1945年)前まで。finmarのStool60 は樹脂や金属製のfinmarタグが付けられている物が多く、中にはfinmarタグは取り付けられていないけれど、販売店のプレートが取り付けられていたり、販売店のスタンプが押されている物もあります。1934年頃~1965年頃までの基本構造となる天板側面接合部が凸×三か所である事(つまりそれは天板内部が三角形の空洞構造で軽い)、脚部の曲げ部分が4枚レイヤーである事、ネジはマイナスである事、これに加えて、第一期のStool60にはレッグの処理に大きな特徴があります。レッグの座面側角が丸く丁寧に削られていて、またネジ穴を綺麗に削った物もあり、細部は丁寧に処理しようとした跡がみられる反面、脚を曲げる技術が完成しておらず、取り付け時にレッグの座面側を削って角度調整をしているので、取り付け部分の脚先が厚く、曲げ部分が少し薄くなっている物が多く見られます。ただ、この時期のStool60は複雑で多くの例外もあります。1965年以前の物にはあまり見られない外部工場でのオリジナルペイント、実験的に作られたのか脚部5枚レイヤー、6枚レイヤー、7枚レイヤーといった特殊な物も数は少ないですが存在します。また4本脚、つまりはStool E60は1965年以降の生産ではありますが、当時特注で4本脚も生産されたという資料も残っています。この時代は色々と試しているので、何でもある、年代判別が難しいようでもありますが、80年近く前の物ですから、それなりに古く、言葉は悪いですが突出してボロいので1930年代の物は判別しやすいです。この第一期の中でセンターをはるのは、この頃にしか作られていないAlvar Aalto本に常に大きく写真が掲載される、サンドイッチ構造(サイドに溝が彫られ上半分にファブリックでカバーリングされている)のStool60でしょう。その物自体ほぼ見つかりませんが、加えてオリジナルファブリックのままの物となると出会える物ではありません。そしてFinmar物も含め、1930年代とはいえ始まりが1934年なので期間も短く、そのため今に残るスツールの数も非常に少ない。当時のままの姿を残した物を見つけるのは、とにかく難しく非常にレアなアイテム群といえるでしょう。ただ言葉は悪いですが相当にボロいので、あまり人気ではないとも聞きます。何故かfinmarは綺麗な物が多いのは不思議なところです。英国とフィンランドでの物の扱いの違いなのだろうか。 1930年頃のバックスタンプは《AALTO DESIGN / MADE IN FINLAND》

第二期(1940年代 / 特徴:War-Leg、マイナスネジ)

戦後の物資不足(主に接着剤)から従来のLレッグが生産できず、Stool60を生産していたコルホネン工場で採用していたフィンガージョイントのレッグ(ヴィンテージ業界での通称:War-Leg)が採用されます。レッグの形式が明解に異なり歴史的背景もあるので、かなり人気なグループです。現地では戦後一、二年の生産といわれていましたけれど、それにしては数が多すぎる。これは仮定の話にはなりますが、ざっくり1940年代つまり戦後5年ぐらいは作られていたんじゃないかと仮定すると、何となくバランスがスッキリします。随所に物質不足の痕跡が見られ、仕様は極めてバラバラです。そして第二期にフルカバー座面が登場。張地を取り付ける座面裏の縁部分が少し削られ、小さな丸釘を使い綺麗にカバーされています。また他の時代と異なり、脚以外は非常に仕様がバラバラなのですが、座面が積層合板であり、脚部のネジ穴が二つという物はアルテックの製品ではなく、コルホネン工場の製品だったともいわれています。

スウェーデン製(1946年~1956年 特徴:天板側面ランダム、マイナスネジ)

第二次世界大戦後のフィンランドは物資不足や工場の整備が整わなかったなどの理由から、職人がスウェーデンへと赴き、スウェーデンのへデムラで生産が行われます。戦後という事もあってか期間は長いように見えて物は極めて少ない。Stool60の世界では第一期のサンドウィッチ構造に並ぶトップピースです。レッグのレイヤーが厚く、フィンランド製とは異なる特殊なバランス。レイヤー数は4枚もあれば5枚もあります。フィンランド製との一番の違いは座面の構造です。様々な幅の無垢集成材を丸くカットして座面を作っているので内部は空洞がなく重い。手に持つとズッシリときます。また座面側面に出てくるラインが凸ではなく、直線ですから現在の物と同じように見えますが、1965年以降の物のように規則正しく8本ではなく、ランダムにでます。ここでミスりまして僕自身も何脚かスウェーデン製という事で高い金額を払い、1970年代の物も手にした経験があります。こう聞くとなかなか見分けるのが難しいように思いますが、スウェーデン製は結構スタンプが残っているので、スタンプさえあれば即判断できます。《AALTO MOBLER / Svensk Kvelitetsproduct》とスウェーデン語が捺印されています。

第三期(1950年~1965年頃 天板側面凸、マイナスネジ、4枚レイヤー)

戦争が終わり、フィンランドが急速に成長。そしてStool60の生産量も一気に増え、まさに当時の勢いを感じる最もバリエーションの多い時期です。バーチ以外の材が天板に使われた特別仕様や、アイノ・アアルトがヘルシンキ五輪の選手村用チェアの素材に検討していたツルっとしたビニール張り(イメージレザーと呼ばれていた)、そして今も続くリノリウム天板が登場します。1965年にコルホネン工場が一新されるまでの共通仕様、レッグのレイヤーが4枚である事と、マイナスネジである事、そして天板側面が凸×三か所である事、それらが全て適合すれば基本的に1965年以前のStool60となります。ただ、リノリウム天板のみは今もそうなのですが、内部が空洞ではない天板構造のため、天板側面凸×三か所はありません。また4本脚つまりStool E60は特別注文品を除き1965年以降の生産です。 更にこの第三期を二つに区分する事ができます。1950年代か、1960年代前半か。これは少し難しいのですが、60年以前の塗料は質が悪く、薄い。その為、日に焼けやすく経年変化の色具合が濃いのです。つまり色濃く焼けている。ただ塗料が剥げ、生地が出ている物も多く見られます。塗装が剥げにくく塗料で綺麗に塗装されるようになるのは1960年以降。それ以降は塗装が厚くしっかりしていて経年変化の具合も少し白っぽくなります。この第三期で特に高い価値を持つ物は1950年代のリノリウム、特にブルー、グリーン、イエロー、ベージュ、そしてバーチ以外の木種を天板に使った特別仕様や、初期ビニール張りなど。注目の仕様が集まる黄金期でもあります。 1950年頃のバックスタンプは《AALTO DESIGN / ARTEK》 1965年頃のバックスタンプ《ARTEK / aalto design / MADE IN FINLAND》

第四期(1965年以降 天板側面8本線、5枚レイヤー)

ほぼ現在の仕様と大差はありません。レイヤーは五枚となり、天板内部構造も変わり、側面の継ぎ目が凸ではなく、真っすぐで規則正しく8本のラインが入ります。これ以降で区分するとなるとネジの変化でしょう。1973年頃までマイナスネジ、1980年頃まで鉄製のプラスネジ、それ以降はステンレス製のプラスネジとなります。この頃よりスタンプではなくシールが貼られるようになったといわれています。

以上がザックリとしたstool60の歴史といえるでしょう。とはいえ、スタンプはほとんど残っていないので、finmarやスウェーデン以外はあまり期待できません。またネジについても付け替えは簡単ですし、天板と脚を付け替えて使っているという二個一みたいなスツールもあります。つまり天板は第三期なんだけど脚は第四期みたいな事です。そして、ここに記載した情報はスコープで貯めに貯めたビンテージの山を、北欧家具taloの山口さんにも協力して貰い、一緒にその傾向を見ながら、これまで長年かけて集めた情報、工場の方に教えて貰った内容などを加味して組み上げた、精度の高い仮定みたいなもの。ですので、これが正しいかどうかというのは誰もわからない。この情報を転載、無断利用する事はもとより、この情報をもとに、他の人、他店の示す年代等を指摘、修正、クレームする事は絶対にやめてください。どちらが正しいかなんてわからない事ですから。

ビンテージを集めリノリウム天板を別注する

Stool60を収集する予定もなかったし、スコープで取り扱う予定も実はなかったんだけど、妙な流れから1965年以前のStool60のコレクションを丸っと譲りうける事となった。その数100脚以上。それがスコープに届いた時には、多くのスタッフから、シャチョウは気でも狂ったのか!?高いお金を払ってボロスツールを大量に買ってきたと噂されました。でも、あれは流れだったんだなぁって思います。そのビンテージの山を見て、新しいStool60を手にして使い続けた先の姿が見えた。未来の姿が見えたような気がしましたから。それで、僕は1950年、60年代に多く作られていたリノリウム天板の経年変化の具合が脚部ともマッチしていい雰囲気だと感じたので、リノリウムを別注。聞くと18色もありましたから、思い切って全色作ってやりました。今の塗料は厚く日に焼けにくいのですが、日本という国は紫外線が強いからか現行でも変化していないようで、見比べてみると日に焼け色は濃くなっていっています。生産可能なリノリウムは全色別注するというスタンスがどこまで続けられるかわかりませんが、スコープ別注のStool60 はビンテージの山を眺めながら続けていきたいと思っています。今後にもご期待を。