歴代アラビアムーミンサマーマグ
振り返りつつ、その流れについて
説明して参りましょう。
2006年から始まった夏期限定サマーマグの記念すべき第1弾「ダイブ(Dive)」。爽やかなブルー系のストライプで表現された海に、しましまの水着姿のムーミンが飛び込むという、いかにも夏らしいスッキリした雰囲気。使われている絵は、コミックス『やっかいな冬』で、ムーミンが凍った海にダイブして頭をぶつけてしまう直前の場面。マグの反対側には、反転した同じ絵がプリントされています。
2006年から2011年までは、ボーダーを背景にしたシリーズが続きます。2007年の「ドルフィンダイブ(Dolphin dive)」以外は、裏表が同じ絵の反転で、右手で持っても左手で持っても楽しめる使いやすいデザインです。
2007年の「ドルフィンダイブ(Dolphin dive)」は、前年に引き続き青を基調としたボーダーに、ムーミンパパとムーミンママがイルカと戯れている絵柄。これはコミックス『おさびし島のご先祖さま』で、遊びに出かけた島から、懐かしいムーミン谷へ、イルカに連れ帰ってもらおうとしている場面です。サマーマグのなかではめずらしく、表裏反転ではない一枚絵のデザイン。コミックスでは、パパとママ、ミムラがイルカにつかまって同じ方向に向かっていますが、マグではパパの部分を反転、真ん中でイルカたちが顔を突き合わせて遊んでいるかのような配置になっています。
2008年のサマーマグ第3弾「オン ザ ビーチ(On the beach)」に抜擢されたのはスノークメイデン(スノークのおじょうさん。ノンノン、フローレンと同一キャラクター)。映画『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』の原作にもなったコミックス『南の島へくりだそう』で、最新モードのビキニに身を包み、プールへ繰り出す場面が使われています。黄色とオレンジのボーダーが鮮やかで、持ち手部分にかかる白抜きの太陽がさらに夏気分をアップ。2006年、2007年のサマーマグとはがらっと雰囲気が変わったような印象を受けるものの、ボーダーの一部にブルーが残っているたため、コーディネートもバッチリ。裏表反転パターンですが、スノークメイデンご自慢の金のアンクレットは裏も表もちゃんと左足に描かれています。
2009年からの3年は、ボーダーシリーズですが、夏だけというよりも春先から長く使える雰囲気に変わりました。「シェスタ(Siesta)」の主役はムーミンパパ。のんびりと白樺にもたれかかり、休息を楽しんでいます。この元絵は、実はパパではなく、コミックス『ムーミン谷のきままな暮らし』に登場する息子のムーミン。パパのトレードマークであるシルクハットを描き加え、背後の木を白樺にアレンジしています。
2010年の「ローズガーデン(Rose garden)」は、背景の赤×ピンクのボーダーとムーミンママのエプロンの赤×白のストライプが、華やかで優しい印象。庭いじりが大好きなムーミンママが花壇のバラにじょうろで水をかけている場面は、コミックス『黄金のしっぽ』からの引用です。片方の手にはママのトレードマークである黒いハンドバッグをしっかりと持っています。
ボーダーシリーズの最後を飾る、2011年の「ソープバブル(Soap bubbles)」に登場しているのはリトルミイ(ちびのミイ)。ボーダーの配色が今までとは少し異なり、ミイのおだんご頭とよく似た赤味がかったオレンジ色がアクセントになっています。コミックス『ジャングルになったムーミン谷』で、カバと間違えられたムーミンたちが動物園の人たちとモメているのに、シャボン玉で遊ぶマイペースなミイ。でも、その後、動物学者の力を借りてムーミン族がカバではないことを証明し、ムーミンたちを動物園の檻から解放するという活躍をみせるのです。
2012年から2015年までの4年間は、ぱっと明るく、夏らしい黄色シリーズ。一見、4つとも印象が似ている感は否めませんが、どの組み合わせでもぴったりフィットするという使い勝手の良さはありました。また、ややマイナーなキャラクターが大きくフィーチャーされているのも特徴で、コアなムーミンファンなら押さえておきたいシリーズともいえるでしょう。
2012年の「プリマドンナの馬(Primadonna's horse)」に登場する、花模様のムーミン谷の馬は、ムーミンファンの間では特に人気の高いキャラクター。小説『ムーミンパパ海へいく』には、神秘的で美しいうみうまにムーミントロールが魅了されるエピソードがあります。マグに使われているのは、コミックス『恋するムーミン』に登場するサーカスのヒロインの馬で、厳密には小説のうみうまとは別人。洪水から逃れてきたプリマドンナの馬と出会い、飼い主であるプリマドンナを助けに向かったムーミンは、プリマドンナの大人っぽい魅力の虜になってしまいます。
Snorkmaiden and Poet
2013
続く、2013年の「フローレンと詩人(Snorkmaiden and Poet)」では、今度はスノークメイデン(フローレン)がキザな詩人に夢中に! コミックス『ムーミン、海へいく』で、トゥーティッキ(おしゃまさん)と作った帆船で海へと漕ぎだしたムーミンたち。その船に隠れて乗り込んでいたのが、大げさな口調でムーミンたちを困惑させる詩人でした。彼はパパのウィスキーを飲み尽くしたり、ママが焼いたケーキを食べてしまったり、大迷惑な存在。しかし、スノークメイデンだけは、ロマンチックな詩を詠む詩人にうっとりです。マグではカットされていますが、このシーンの背後には怒った顔のムーミンが突っ立っています。
Sailing with the Nibling & Tooticky
2014
2014年の「クリップダッスとトゥーティッキの航海(Sailing with the Nibling & Tooticky)」の絵も、前年と同じ『ムーミン、海へ行く』から。自分勝手な詩人、なんでもかじってしまうクリップダッス(英語ではニブリング)、海賊たちに振りまわされ、てんやわんやのムーミンたち。海賊たちに占拠された船から脱出に成功し、ボートに乗ってほっと一息。クリップダッスやトゥーティッキと共に、ママが淹れたコーヒーを楽しんでいる場面です。
黄色シリーズの締めくくりは、2015年の「浜辺のひととき(Moment on the shore)」。これは2012年と同じ、コミックス『恋するムーミン』のひとコマ。登場しているのは、プリマドンナのパートナーであるサーカスの曲芸師エメラルドです。いっときはプリマドンナを巡る恋のライバルとして張り合っていたムーミンとエメラルドですが、プリマドンナのわがままにうんざり。意気投合して、男チームで隠れて暮らし始めました。エメラルドはのんびりと太陽を見上げて草地に横になり、ムーミンは釣りを楽しんでいます。
同じエピソード由来の2012年と2015年の相性がいいのは当然ですが、肝心のプリマドンナがマグに顔を見せていないのがおもしろいですね。
さて、ここまでのサマーマグには基本的に、ムーミン・コミックスからの絵が使われています。夏らしい爽やかな色合いと、ストーリー性の高い絵柄、キャラ単独のマグには起用されないようなちょっとマイナーなキャラクターたちの存在が、サマーマグの魅力といえるでしょう。ひと夏限りの単発デザインですが、ボーダーや黄色といったテーマごとに組み合わせてテーブルコーディネートが楽しめるのも、おすすめのポイントです。
しかし、2016年、サマーマグの方向性が一変します。「ミッドサマー(Midsummer)」には、新しい点がいくつか。まず、通常のムーミンマグはベースに色が敷きつめられているのに対し、このマグの下側のベースはライトグリーンの草花で、上部に真っ白な余白があります。そして、キャラクターの線は黒ですが、花や草のアウトラインには赤が使われていて、繊細かつ軽やかな雰囲気をかもしだしています。また、サマーマグは2007年の「ドルフィンダイブ(Dolphin dive)」を除き、同じ絵を反転させたものが裏表に入っているのですが、このマグ以降はぐるりと一枚絵になりました(今後また変わる可能性はありますけれども、現時点では)。使われている絵も、コミックスではなく、小説『ムーミン谷の夏まつり』のもの。ウィンターマグには小説『ムーミン谷の冬』からの絵が多く登場していますが、サマーマグに小説の絵が使われるのは初めてのことです。夏まつりの伝統として伝わる夢占いをするため、9種類の花を摘むスノークメイデンとフィリフヨンカに、ミムラねえさんも加わって、まるで女子会のよう! 人気が高かったのも納得のかわいらしさです。
続く2017年の「サマーシアター(Summer Theater)」にもまた、驚かされました。ここから4年間、トーベ・ヤンソンの原画を生かした繊細なムードでいくのかな?と思いきや、大きくチェンジ。使われている絵は2016年と同じ、小説『ムーミン谷の夏まつり』のもので、ムーミンハウスが水没し、流れてきた劇場に移り住んだムーミンたちの様子が描かれています。衣装部屋のドレスに頬ずりするスノークメイデン、お芝居の脚本に取り組むムーミンパパとそっと差し入れをするムーミンママ、舞台に登場するライオン。そして、これだけはコミックスの絵ですが、紙を破って顔をのぞかせるリトルミイまでいるという、賑やかなデザインです。2016年の「ミッドサマー(Midsummer)」がたったひとつの場面なのに対して、「サマーシアター(Summer Theater)」には4つの場面が詰め込まれています。ベースは、劇場の舞台と背景の様子を緑、黄緑色、グレー、白で表現したもの。緞帳の赤と、マグのフチをぐるっと囲むライトのアクセントも効いています。盛夏だけでなく、年間を通して、食卓を明るくしてくれる楽しいマグです。
2018年の「バカンスへ行こう(Going on vacation)」は、コミックスの絵に逆戻り。絵柄は反転パターンではなく、一枚絵で、ピクニックに出かけようと準備をするムーミン一家とスノークメイデンが描かれています。これは、コミックス『おさびし島のご先祖さま』の冒頭からの引用で、ムーミンがコインを投げてオモテが出たので、ピクニックに出かけようとしている場面。ムーミンママはバスケットに食器や飲み物を詰め、ムーミンはパンケーキのフライパンを手に持ち、ムーミンパパは釣り竿と網を用意し、スノークメイデンは水着を選んでいます。ムーミンハウスの玄関とママの花壇、南国ふうにも見える木々を配し、噂話をするムーミン谷の住人たち、小さなボートを持ったお腹の白いねずみの姿も。トーベ・ヤンソンらしい花々などが細かく隅々にまで描き込まれ、密度の高いデザインですが、上部の木々の間には白い下地が残されていて、2016年にも通じる爽やかなヌケ感もあります。ムーミンハウスの玄関の階段は白×青のボーダーにも見え、ママのバラの花壇、赤×白のしましまの水着、謎キャラの服の黄色ボーダーなど、過去のサマーマグとリンクするような要素も盛り込まれています。
2019年の「イブニングスイム(Evening swim)」のストーリーは、前年からの続きです。嵐の予報が出ているにもかかわらず、お出かけを強行したムーミン一家。一家を乗せて飛び立ったヘリコプターは、竜巻が接近中と知って、一行をおさびし島の樹上に置き去りにして飛び去ってしまいます。島に残されたムーミンたちは、沈みかかった海賊船からミムラやネコを救出。マグに使われているのは、海中の大きな石で作ったジャンプ台から、夕暮れの海へと飛び込んでいるところ。エプロンのままのムーミンママ、ムーミンパパとムーミン(どっちがどっちか判別するのは難しいですが)、洋服を脱ごうとしている後ろ姿はスノークメイデン、海から顔を出しているのはリトルミイではなくてミムラです。その後、島での生活に飽きてきた一行がムーミン谷に帰ろうとする、2007年の「ドルフィンダイブ(Dolphin dive)」へとつながっていきます。コミックスでは、この場面に太陽は描かれておらず、ママの向こう側に見える沈みかかった大きな黄色い太陽はデザイナーのトーベ・スロッテによるアレンジでしょう。
2020年の「リラクシング(Relaxing)」は涼しげなグリーンの色調で、その名のとおり、のんびりリラックスしたいティータイムや一日の始まりにぴったりの爽やかなデザインです。絵柄は一枚絵で、ハンモックでくつろぐムーミンパパ、仲良くブランケットにくるまるムーミントロールとスノークメイデン、ふたりにりんごを差し出すムーミンママの姿が(スコープでは取り扱いがありませんが、サマープレートにはピッチャーにすっぽり入ったリトルミイも登場)。これはコミックス『ジャングルになったムーミン谷』(『ムーミン、海へいく』収録)から。ムーミン谷にとてもとても暑い夏が訪れ、流れ着いた熱帯のタネを植えるとムーミン谷がジャングルになってしまう!というお話です。明るい色味なのでお昼寝のように見えますが、原作では白夜で、ムーミントロールたちは暑さのあまり庭で寝ようとしています。ムーミンパパは優雅そうに見えて、実は「暑くてなにも考えられん」とぐったりしている場面なんですよ。
2021年の「トゥギャザー(Together)」は、『劇場版ムーミン 南の海で楽しいバカンス』としてアニメ映画にもなったコミックス『南の島にくりだそう』がベースになっています。南の高級リゾート地へとバカンスに出かけたムーミンたち一行。ムーミンパパはボヘミアンに憧れる裕福なモンガガ侯爵と意気投合し、昼間からお酒を飲んだり、カードゲームに興じたり(マグには使われていませんが、パパのカードのお相手はモンガガ侯爵)。一方、豪華なホテル暮らしになじめないママとムーミントロールは浜辺のボートの下で自分たちらしい生活を始めました。実は『南の島にくりだそう』から採られた絵はムーミンパパと伏せられたボートぐらいのようで、小さなパンケーキがいっぺんに焼けるブリニフライパンを持ったムーミンママの絵も、焚き火の前に座ったムーミントロールも、頬杖をついて読書を楽しむスノークメイデンもその場面には見当たりません。デザイナーのトーベ・スロッテの手によって、一家がピクニックを楽しんでいるような場面へと一新。ビーチパラソル、ボートに掛けられた海水パンツなど、夏らしいアレンジも効いています。シマシマ水着とブリニフライパンは2018年「バカンスへ行こう(Going on vacation)」にも登場、さりげなくリンクしています。
海辺で魚をキャッチしようとしているムーミンたちが勢ぞろい! コミックスの3つのエピソードから抜き出した絵を巧みに組み合わせたデザインです。岩に腰掛けて釣り糸を垂らすスナフキンは『黄金のしっぽ』から。しっぽの先が金色になったムーミントロールが「雑誌のインタビューを受けるんだ!」と浮かれている横で、マイペースに釣りに興じています。小さな魚を釣り上げたムーミントロールは『ムーミン、海へいく』で、元絵は海辺ではなく、船上の場面。ガールフレンドのスノークメイデン(スノークのおじょうさん)が勝手に船に乗り込んだキザで迷惑な詩人に夢中になっているとも知らず、呑気に釣りをしています。残る2つのカットは『ムーミンパパの灯台守』から。スノークメイデンとトゥーティッキは、暴風雨の翌日、岩のくぼみに取り残された魚を獲っているところ。おもしろいのはボートの上のムーミンパパとムーミンママで、コミックスではパパのボートが壊れてしまい、灯台の島の漁師の船に乗せてもらっているのですが、マグでは漁師の姿が消され、代わりにママが描き込まれています。
コミックス『ジャングルになったムーミン谷』で、猛暑に見舞われたムーミン谷。リトルミイは海で熱帯植物のタネの詰まった箱を見つけます。ムーミンママがタネをまくと、あっと言う間に芽吹いて、ムーミン谷がジャングル状態に! イタズラ好きのスティンキーは「どうせなら野生動物だらけにしてやろう」と動物園のトラやサル、大蛇などを次々と放ってしまいます。自由になったトラは「おいしそうな匂い!」とムーミンたちを狙いますが、水あび小屋の桟橋に仕掛けられた罠にまんまとハマって海に落ち、獲物だったはずのムーミンたちから助けられるハメに。暴れん坊のサイもムーミンやしきのベランダに角が刺さってにっちもさっちもいかなくなったところをムーミンパパに救出してもらってすっかりおとなしくなり、みんなで仲良くお茶の時間を楽しんでいます。
text:萩原まみ(ライター)