生ハムを1枚ずつ剥がせるか実験
2008年7月7日
マーケット広場で会いましょう
PHOTO:原田 智香子
広場のカフェはまさに至福のひととき
私にとって、そして我が家の子供達にとっての夏は、ヘルシンキ市の中心にあるマーケット広場に「その夏初めてのアイスクリーム」を食べに行く日から始まります。特に娘のメリと私は「広場タイプ」の人間と言ったら良いのか、とにかく頻繁にマーケット広場に足を運びます。人間観察をしたり、マーケットに出ているおいしいものを食べてまわったり、かわいい雑貨を見つけては無駄遣いをしたり、カフェに座ってコーヒーを楽しんだり・・。二人で広場での時間を楽しみます。
フィンランドにおいて、広場のカフェはまさに至福なのです。いわゆる「粋」な人々は皆、広場のカフェとそこに座って口いっぱいに頬張るジャム入りドーナツやミートパイが大好きなのです。
広場には時にフィンランド共和国大統領タルヤ・ハロネン氏も訪れます。大統領官邸はマーケット広場の傍にあるので、彼女は広場に立ち寄ることができるのです。他にもテレビでお馴染みのセレブや著名な大学教授などをよく見かけます。たまに見かけるのはユニークなファッションを身にまとった芸術家。そしてもちろん夏は世界中からヘルシンキに観光にいらっしゃっている方々を本当に多く見かけます。ヘルシンキに観光でいらっしゃる外国からのお客様が皆さんこのマーケット広場に必ず一度は足を運ばれているのは間違いないでしょうね。
稀にですが、港に面したこのマーケット広場について「いつも騒々しいし、海風も強すぎる!」と酷評する人に出会います。でも、広場のカフェに座っているとそんな評価も全く気にならなくなってしまいます。カフェでは、お腹をすかせたかもめが舞い降りてきてテーブルのお皿から、もしくはそれをつまんでいる人の手から直接、シナモンロールのかけらを取っていく光景をたまに目にします。でも、こういうことに目くじらを立てること自体がナンセンス。これが生命なんですから。私達「広場タイプ」の人間は、これくらいじゃ動じません。
広場に欠かせない楽しみがもう一つあります。友人とばったり出くわすことです。ばったり出会った久しぶりの顔を眺めながら一緒にコーヒーを飲んで、街で起こっているあれこれについて噂話を楽しむのです。かしこまった街中のカフェよりも、広場のカフェの庶民的な雰囲気でのほうが、こういう話は盛り上がるものです。気心の知れた友人とたくさんおしゃべりをして、たくさん笑って・・。開放的な空気が流れる広場のカフェはこうした楽しみ方がぴったりです。
広場のカフェは前向きな気持ちを持って楽しまなければいけません。カフェの小さなテーブルは不安定にグラグラを揺れることもあります。揺れに耐えられずコーヒーがテーブルにこぼれてしまうこともあるかもしれません。でもこれは広場がコンクリートで均一に補正されていない証拠。ヘルシンキ市は歴史や伝統の保全に力を入れている都市なので、広場の地面もゴロゴロとした石畳。昔のままの姿なのです。(余談ですが、ハイヒールでこの広場にいらっしゃることはあまりおすすめしません。)
マーケット広場独特の雰囲気
いわゆる「観光地」と呼ばれる場所についてまわる懸念として、「外国から観光でいらっしゃる方々で溢れてしまったら、その場所特有の雰囲気や特徴が損なわれてしまうのではないか」というものがあります。でも、このマーケット広場にはそれが無いのです。この背景にはフィンランドの地理的状況、ヘルシンキの歩んできた歴史などが関連しているのですが、理由を一言であらわせば「ヘルシンキにはもともと外国の人々が多く暮らしていた」ということになります。外国とは主にスウェーデン、ロシア、ドイツなどを指しますが、観光のお客様が多くいらっしゃる以前からこうした国の人々が生活の一部としてこの広場を利用していたのです。結果として、マーケットの売り子さんと買い物をしているお客様の間で必ずしも言葉が通じていない光景が伝統的に見られます。でも不思議とお買い物は成立するのです。「観光地」として損なわれるどころか、このマーケット広場独特の雰囲気は今でも息づいています。
マーケット広場独特の雰囲気を保っている要因はもう一つあります。それは広場に出品されている品物がどれもフィンランドで作られたものであることです。ハンドクラフトや編み物などの雑貨のほとんどは職人や制作を趣味として行っている人々が自分でお店を出しています。顔が見える安心感と、保証されたクオリティの高さはずっと変わらない広場の特徴です。トナカイの毛皮にあたたかい色合いが目を引く手編みのミトン、木目の美しい木工製品に陶製のアクセサリー。どれも本当に綺麗で、眺めていて飽きることがありません。飽きないと言えば手編みのミトンや帽子、靴下などを売っているおばあさん達です。一日中小さなテーブルの後ろに座って編み物をしながら店番をしている彼女達。編み物が出来上がったらテーブルにのせて売り物に。デザイン、制作、販売をすべて一人で、小さなテーブルで行う彼女達にはいつも驚かされ、鮮やかな手つきは見ていて飽きることがありません。
広場での時間を彩る音楽もこの広場ならではのもの。海辺に置かれた空き箱に座ったおじいさんが演奏するアコーディオンの音色が定番です。曲目もフィンランドで1910年代、20年代から愛されているダンス音楽と相場が決まっています。
最も重要な夏の味覚、新じゃが
マーケット広場が最も賑わいを見せる季節は、ちょうど今くらいの初夏からです。ガーデニング関連のお店も増えるこの時期は、様々な花や植物の苗が溢れるように並べられます。その色の鮮やかさも強い香りも他では味わえない魅力です。他に見逃せないのは新じゃがを並べている野菜のお店です。その夏一番に採れたフィンランド産の新じゃがはフィンランドの人々にとって最も重要な夏の味覚なのです。
冬の間に食べるじゃがいもはだいたい1キロあたり1ユーロほどですが、夏が始まって新じゃがの季節になると突然じゃがいもは高級食材になるのです。このじゃがいもの中でも私のお気に入りはシークリという品種。このシークリ、茹でたてを口に含んだ時の柔らかさと甘さは言葉で表現できないほどおいしいんです。例えばこのシークリという品種はだいたい0.5キロで14ユーロほどのお値段。味だけでなくお値段も立派ですが、私は夏になるといつもこれを買います。
新じゃがのお話で忘れてはいけないものを最後に。それはハーブのディルと魚です。じゃがいもと同じ野菜のお店から大きく育ったディルを一束。そして魚のお店からはスモークされたサーモンや白身魚を。ここまで揃えたらもう他には何も要りません。楽しかったマーケット広場での時間を後にして真っ直ぐ家路につきます。新じゃがを茹でたら家族みんなで夏の味覚を楽しむ時間です。
Text & Recipe : Hanna Jamsa (ハンナ・ヤムサ)
ヘルシンキを拠点とした現地でのガイドツアーや様々なサービスを日本人旅行者に提供する会社、My Suomi(マイスオミ)代表取締役。実はフィンランド屈指のアンティークコレクターでもある。フィンランド・ヘルシンキ在住。
今回のコラム用にマーケット広場にて写真撮影を行った後、出来上がった写真に写る私と娘のメリを眺めた時「しまった・・・。」と思いました。大切なコラムに載せる写真だというのに、メリも私もサングラスを外すのを忘れていたからです。
説明させてください。フィンランドの人々にとって太陽は特別なものです。夏にその光を全身で浴びる時、私達は太陽に対して「愛」に近い感情を抱きます。フィンランドの冬が暗く、寒いことはご存知の方が多いと思います。11月から2月半ばにかけて、私達は深刻に光不足に悩まされるのです。そんな冬を越した後にようやく太陽の光を感じられる5月、私達はその光自体を祝いたいような気持ちに駆られるわけです。その最も端的な手段として、誰も彼もがサングラスをかけてしまうのです。
私達フィンランド人にとってサングラスはアクセサリーや目を保護するための道具といった以上の意味を持ち、一種の意思表示になっています。サングラスには「私は夏も人生も存分に楽しんでいるわ!あー最高!」というフィンランド人の切実なメッセージが込められているのです。